月刊 マネジメント倶楽部 2019年5月号に掲載されました。
- 掲載紙
- 月刊 マネジメント倶楽部
- 掲載日
- 2019年05月01日
2019年05月01日の月刊 マネジメント倶楽部に、なるには學問堂が掲載されました。
1997年に創業した「スペック」。安定した人材の確保を必要とするガソリンスタンドなどへの人材派遣事業を展開していた同社が2015年、夢を叶える才能を育もうと学童保育サービス「なるには學問堂」をスタートした。長い時間を過ごす学童だからこそ価値のある空間をつくろうとしている。
記事
夢を叶える才能を育む 企業内学童保育所
なるには學問堂
働き盛りの子育て世代にとって、仕事と育児の両立は長年の課題です。運良く子どもが保育園に入れたとしても、小学校に上がる頃には新たな悩みが発生します。子どもの帰宅時間が早くなり、長期の休みも出てきます。一方で、職場では時短が終わりフルタイムになることも多く、「小1の壁」とも言われています。これが原因で、離職や転職を迫られる人も多いようです。「それなら自社に学童を作ってしまおう」。この問題を解決しようと新事業に乗り出した株式会社スペック役員で「なるには學問堂」園長でもある出口朋子さん(写真右)と上村英樹社長の事業家夫妻がいました。
企業内学童保育!?
西日本最大の繁華街が広がる大阪・梅田。そのビル街の一角で働く出口朋子さんは、14時半になるとパソコンを閉じて席を立ち、“もう一つの職場”に向かいました。大股で20歩ほど進み、事務所の奥にある扉を開けると、そこは学童保育所「なるには學問堂」(以下、「なるには」)です。学童保育所とは、放課後や土曜・長期休暇中に、保護者の就労などが理由で児童の保育ができないときに、保護者に代わって子どもを預かり、生活と遊びの場を提供する施設です。
15時すぎ。スタッフたちが集まり、打ち合わせである「朝礼」が始まりました。今日は何人の子どもたちが来るのか、どこの学校に誰がお迎えに行くのかなどを話し合います。平日は、大阪市北区を中心に約10校の小学校から、土日や夏休みともなると、県外からも子どもたちが通ってきます。
朝礼が終わると、「お迎えに行ってきます」とその日の担当の保育スタッフ3人が手分けして、自転車や社有車で近隣の小学校に子どもたちを迎えに行きます。しばらくすると、子どもたちが「こんにちは!」という元気な声とともにやってきました。すぐ教科書を広げて宿題を始める子。スタッフの先生にちょっかいをかけて遊ぶ子。この日は16人の子どもが「なるには」に集いました。
「なるには」は、2015年にオープンした民間の学童保育施設。運営をするのは、人材派遣やコンサルティングを手がける「株式会社スペック」です。園長の出口さんは「ただ子どもを預かるだけでなく、子どもたちが将来の夢を叶えられるような保育と教育を目指した空間です」と話します。
とことん働く親をサポート
「なるには」は、多くの共働きの保護者と同じように「小1の壁」を経験した出口さん夫妻ならではの考え方で設計されています。
「長男が保育園の時は19時まで預かってもらっていましたが、小学校進学を機に利用した学童保育は18時までに迎えに行かなければいけませんでした。そうなると、わたしは17時半に退社しなければ間に合わないんです。同じような悩みを抱える友人が多く、学童を自分たちで作ってしまおうかという話になりました」と出口さんは当時を振り返って話します。自分たちが困った経験があるからこそ、出口さんは夫(上村英樹社長)とともに「なるには」を構想し、「こんな学童があったら自分たちが預けたい」ということを念頭に置いて設計しました。
例えば、「なるには」の開園時間は15時〜 20時で、希望者には軽食の手配サービスもあります。土曜日や長期休みは朝8時から利用可能で、保護者の会社の始業時間に遅れることがありません。また、「子どもには習い事をさせてあげたいけど、仕事があるので送り迎えができない」と考えている人も多いはずです。そういうことも考慮にいれて、そろばんや英語、音楽などが学べるプログラム(「夢を叶えるプログラム」)も受けることができます。
気になる利用料金は、通う日数によって変わりますが、月額18,000円から最大で6万円超です。
学童保育の運営は、公立と民間に大きく分かれ、自治体が直接運営する「公設公営」と、自治体が出資して民間が運営する「公設民営」、そして、親たちが行政からの補助金を受けて運営する「共同保育方式の学童」、補助金なしで企業などが運営する「民間学童」という4種類があります。
公立の場合は、小学校の敷地内に学童保育所が設置されることも多いため、低学年でも通わせやすいというメリットがあります。しかし、仕事で帰りが遅くなった時に、保育園のように延長サービスはなく、閉園までにお迎えが間に合うかという不安が常につきまといます。また、公立の学童では宿題をやるところも増えましたが、ただやるだけのところもあり、つまづいた箇所の学習サポートに不安があります。
「なるには」の1日は、各々が学校から持参した連絡帳を取り出すところから始まります。室内の真ん中にある大きな丸テーブルについて、いっせいに宿題を始めます。中には正座して取り組む子どもの姿も見られます。連絡帳には、今日やるべき宿題が書かれており、それを「なるには」用の連絡帳に書き写します。漢字の書き取り、算数など終わったものに、指導員からはんこを押してもらうので、保護者は何が終わったかが一目瞭然です。もちろん学習サポートは万全です。「なるには」では、学習する習慣を子どもたちにつけてもらいたいと思い、基本的に「なるには」にいる時間内に宿題を終わらせてから帰宅するそうです。「やはり、子どもたちのため、働いている大人のためです。働いていると、子どもと家で過ごす時間は短くなります。大切なひととき、叱りたくないですよね。家庭で、いい時間を過ごしてもらいたいですから」と出口さんは語ります。
黒字経営の秘訣
厚生労働省によると、学童の利用登録者数は2018年5月時点で123万4,366人、待機児童は1万7,279人となっており、学童のニーズの高さを物語っています。ところが、子どもを見守る学童指導員は慢性的な人手不足で、待機児童増加の原因の1つとなっています。
これをうけて、2018年秋に、学童の基準が緩和されました。これまで「支援の単位(40人以下)ごとに職員2人以上。うち1人は保育士や社会福祉士などで、かつ、都道府県による研修を受けた放課後児童支援員」の2点が「従うべき基準」でしたが、「参酌すべき基準」となりました。基準の事実上の撤廃で、運営は地方の裁量に委ねられます。職員がたった1人で、多くの児童を保育することが可能になってしまいます。この規制緩和によって、人材が確保できて学童の施設が増えたとしても、保育の質が低下するのではないかという疑問の声が上がっています。
こうした世間の動きとは一線を画すのが「なるには」です。取材したこの日、16人の面倒を見ていたのは園長の出口さんを含めて4人のスタッフたちで、そのうち3人はスペックの社員という身分でした。「学童保育に関わりたくてここに入社しました」という社員もいるほどです。
一般的には、民間の学童経営はノウハウや経験がないと難しく、また所得水準が高い家庭が多い地域でないと成り立ちにくいとされています。また、公立の学童はほぼ無料、もしくは月額数千円から利用できるところもあるので、単純に比較すると「なるには」の利用料金は高額と捉えられがちです。しかし、「なるには」は、新事業としてスタートしてから3年目というスピードで、学童事業だけで黒字を達成しました。
「梅田という全国でも有数のビジネス街にあるから成り立つ事業の形かもしれません。やはり働く人の支えになりたいので、共働きやシングルペアレント(ひとり親)などフルタイム勤務の多忙な親にとっては、職場の近くに学童があると安心で利用しやすいでしょう。もちろん利用者には職員の子どももいます。本社内に学童施設があるので、職員は安心して仕事ができるのではないでしょうか。いずれは保育園も併設したいと計画していますので、保育園が実現すれば、0歳から12歳までの子どもたちが事務所に隣接した施設で過ごせることになります。それに、子どもたちの挨拶や歌声が聞こえてくる職場は活気があっていいですね」と出口さんは将来を語ります。
スペックの社長の上村英樹さんも「一定規模の企業であれば、学童の運営ができます。目安は、利益1,000万円以上です。大企業は社員の福利厚生や施設にお金をかけますが、なかなか中小企業ではそこにお金を十分かけるのは難しいでしょう。しかし、社員が利用できる学童を作ることで、子育て中の社員が安心して勤務できる環境を整えられ、会社側としても長期にわたり社員が継続勤務してくれるメリットがあります。まだ学童保育施設が社内にある中小企業はほとんどありません。社会問題を解決でき、社員の満足度も上げていくような学童がこの先どんどん増えていくといいですね」と言います。実際に同社には都内の企業からも学童の導入の相談が来ているようです。
「なるには」の夢
「設立から、これまでにはない特色を持つ学童を立ち上げたいと思っていました」と出口さん。実は「なるには」というネーミングには、子どもたちが目指す将来像に「なるには」どうしたらいいかを考える手助けになる場所になりたいという思いがこめられています。
そのため、好きなことを見つけ、夢を叶えることを目標にした多彩なプログラムが用意されており、「講話会」も開かれています。講話会では、実際に子どものときからの夢を叶えた人から話を聞くことができ、夢を叶えるにはどうしたらいいかを自分で考えるきっかけになります。
「わたしたちは、子どもが持って生まれた才能を指す「天賦の才」を縮めて「天才」と呼んでいます。幼いころには「天才」の芽がキラキラと輝いていたはず。大人になるにつれてその芽は息をひそめてしまっているのだと思います。もしそうなら残念ですよね。誰にでもその人だ け の「 天才」が備わっていると思います。子どもの眠れる力を最大限に引き出せるように心がけています」と上村社長は言います。日頃から、「なるには」の子どもたちに「夢を語ろう」と説いている上村社長。自身の夢は、「『なるには』を卒業した子どもたちが社会人になって、『学童を手伝いたい』と言ってスペックの社員としてここに帰ってきてくれるような、魅力的な会社にしていくことです」と胸を張って言いました。
(取材・文・写真/上垣喜寛)
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